
「アンタレスの夜は自分の罪などゆるしてしまえ」
これは今作ってる曲のタイトルなんだけど、素晴らしい言葉だよ、我ながら。
ちなみに筋肉少女帯の「トリフィドの日が来ても二人だけは生き抜く」ってタイトルに影響されてる。
「ゆるす」って言葉が今、俺の中でストリームになっている。
オズって海外ドラマでも聖職者が幾度も「君を許そう」なんて言ってて印象的だったし、大槻ケンヂのステーシーって小説でも、それに「少年キリンセプテンバー」って俺の曲でも「許す」は重要なキーワードだった。ゆるすのはいいぜ。
そして、ゆるすときに大事なのが言葉なんだな。
「言葉にするとなんだか違うような気がして嫌だ」なんて感覚はいつも付きまとうけど、言葉がなくちゃ誰のこともいつまでも許せねぇんだわ、これが。そして今夜も言葉を持たぬ猫たちはネズミを追い続けている。
『オズ』で聖職者が「君を許そう」って言うときは憤怒の形相を必死で抑えて言うことが多かったんだ。彼はきっと対象を必ずしも許してはいなかったんだろうね。
でも、それで何かをゆるせるんなら、自分に嘘をついてもいいじゃない。最初は口先だけでもいいじゃない。嘘をつくのが罪だって言うなら、神様、アンタレスの夜くらいは俺に歌わせてくださいませんか。お供えははずみますよ、じゃがいもとかにんじんとか。好きだったでしょ、カレー。
しかしエモーショナルな激しいロックを鳴らすんなら「ゆるさない」「ゆるせない」のほうがカッコいいんだろうけど、どうも俺は「ゆるす」ほうに行ってしまったな、はっはっは。まあいい、余計な力は抜いたほうが刀も包丁もよく切れる。バガボンドだ。整骨院のO氏だ。はっはっは。